小学生くらいになると、「お金の価値」についてだんだんと理解できるようになります。

しかし、「おなじ一万円であっても、実はその価値にはちがいがある」と伝えることが大切ではないでしょうか?

つまり、労働に価値がある、ということ。

 人間は、誰もが働かなくては食べていくことができない。人間の生活の基礎は労働なのである。その意味で、私は労働価値説を経済学の基本にすえるべきだと考える。時給1000円のパートやアルバイトで10時間がんばって働いて得た1万円と、FXや株の売買で1分間で得た1万円とでは価値が異なる。10時間労働して得た1万円の方がずっと価値がある。こういう考え方が社会で主流になると、従業員も会社も強くなる。

資本主義という社会のなかでは、「カネ」は神であり、私もふくめ、多くの人は神の力を信じているはずです。

もちろん、それ自体がすなわち問題であるとは思いません。

しかし、そのことについて意識しておくことは大切なことではないでしょうか?

なぜならば、信じるということには力があり、特に無意識に信じてしまっている(信じこまされている)ことにはその傾向が顕著であるからです。

つまり、お金には力がある、と信じることは、たしかに間違いではないのですが、それによって私たちの人生が、必ずしもよりよくなる、というわけでもなく、ということは、絶対的なものではないのです。

お金の価値について意識的になるということは、絶対的ではないものを無意識的に信じこんでいるということの危険性について認識する手がかりになります。

それによって、労働にも価値があるということに気づくことができれば、人生の豊かさをより味わうことができるでしょう。