失敗は、いつ、どの時点で失敗になるのでしょうか?

例えば、何度、失敗しても挑戦しつづけているかぎり、それは「試行錯誤の途中であって失敗ではない」、ということができるかもしれません。

私個人の場合でいえば、お店をだすことは「夢」でしたが、それを閉じたときは、客観的にみれば「失敗」であったといえるでしょう。しかしその経験はその後の仕事にも活きているので、長期的な視点からみれば、「ひとつの変化にすぎない」ともいえるかもしれません。

しかし、だからこそ、「むずかしい」ともいえるでしょう。

低空飛行で人生を続けていくこともできる

例えば資格試験なども「来年がある」と考えることができますし、また例えばフリーとして独立したり、スモールビジネスをはじめたりなどローリスクで仕事をするような場合、よくも悪くも、「あからさまな失敗とはいえないけれども客観的にみれば完全に低空飛行」という状態でつづけていくことも可能だからです。

「あきらめなければ成功する」とよく言われますが、それは人生におけるどんな状況、どんな側面にもあてはまるものではありません。あきらめなかったから成功したのではなく、たまたま成功したから結果的にあきらめなかったということになった、という可能性もあります。

あきらめなければ、何度でも失敗することができる

ですからより正確には、「あきらめないかぎり、失敗はなんどでもすることができる」ということになるでしょう。

学問の分野であれば先生がいますし、仕事であれば上司がいます。しかし自分の人生においては、自分でそれを見極めていく必要があるわけで、それを見極める技術というのは、かなり難しいものであると感じます。

ということは、「なにをもって失敗とするのか」という線を自分でしっかり引くことが大切になってくるはずですし、そして、「もしも完全に失敗したらどうするのか?」ということについても想定しておく必要があるはずです。

 まさに同じことが、仕事上の成功にも言える。エッティンゲンは最終学年の学生に、大学を卒業したあと理想の職場で働く自分の姿をどれくらいの頻度で想像するか書いてもらった。二年後の追跡調査の結果では、成功した自分を思い描くことが多いと答えた学生は、求人への応募回数も会社から声をかけられた回数も少なく、クラスメートにくらべてかなり給料が低かった。
 自分の成功を想像することが、なぜ悪い結果につながるのだろう。研究者たちの見解では、素晴らしい人生を思い描いてばかりいると、途中で遭遇する挫折に対して準備ができないからだと言う。あるいは現実逃避に浸って、目標達成に必要な努力をないがしろにするためかもしれない。いずれにせよ、研究結果から読み取れることは明白だーー完璧な世界を夢見ても、気分はよくなるだろうが、夢を現実に変える力にはならない。